飽きたから

飽きたからです

放課後の話


誰も居なくなった教室にふたりだけ
野球部のかけ声と、吹奏楽部の演奏
窓の外に広がる夕焼けはやたらと綺麗で
僕の顔を覗き込んだままの彼女が言ったのは

「世界にふたりだけみたいだね」
「ずっと放課後だったらいいのにね」

勿論、そんなわけはなく
家に帰り、夜が来て、次の日が来ても
僕と彼女の関係が何か変わるようなことはなかった
あの時のあの時間は、きっと一生忘れられない
呪いみたいにずっと残っている
何も言えなかったことを、今でも悔やんでいる

北海道の夏も驚くほど暑くなってしまった
この土地の家には冷房がない
こんな風な夏が訪れることを想定していないのだ
汗のせいでシャツが肌に貼り付いてしまって
首元を引っ張っては、ぱたぱたと風を送り込む
……彼女がよくしていた動作で
僕はいつもどきどきしていた
今もなんだか、どきどきする
自分がやっている動作で、なんて
気持ち悪いことこの上ない

しかし、まあ、あれだな
ずっと放課後だったらよかったのにな

たこ焼きの話

あまり行きやすくない路地の奥にある、あまり居心地の良くないたこ焼き屋の

あまり美味しくはないたこ焼きの味が、どうにも好きでたまらない

時代は進み、良くないものはいつか淘汰されるのだろう

美味しくないものは無くなってしまうかもしれない

居心地の良くない場所も無くなってしまうかもしれない

行きやすくない路地もいつかは無くなってしまうかもしれない

いつかは、いつかはという話はあまり意味が無いかもしれないが

それでも考えてしまう

好きなものはいつまでも在って欲しいと考えてしまう

 

小石にそっくりのチョコレートを貰ったことがある

小学四年生の私が手作りのチョコレートを渡したのに対して、彼は既製品でお返しをしてきたのだ

けれどそんなことはどうでも良くなるくらい、そのチョコレートは小石にそっくりだった

小石というより、砂利に近かったかもしれない

美味しかったなあれ、何だったんだろうあれ

 

見なくなったものって沢山ある

忘れてしまったものも

CMソングやCMの雰囲気は思い出せるのに、肝心の商品がどういったものだったのか思い出せない

 

忘れてしまったもの

インターネットで調べればすぐに出てきたが

「ああ、これこれ」という感覚よりは

「確かにこれな気がする」という感覚だった

書き換えられてても、きっと気付けないな

 

あのあまり美味しくないたこ焼き屋はまだあるのだろうか

私が小学生の頃に既におばあちゃんだったおばあちゃんは

今もおばあちゃんなのだろうか

なんだかどうしようもなく田舎に帰りたくなった

田舎といっても今住んでいる場所よりも遥かに都会ではあるのだけれども

どうしようもなく帰りたくなった

小指の話

彼女には小指が無かった

何かやらかしたのだろうか
いや、そもそも高校生が何かやらかしたとして小指を詰めさせられることなんてあるだろうか
しかも、女の子が? 怖いなあ、なんて思った
綺麗だな、とも思った
何となくエロい気がしたんだ
 
ほとんど話したこともなかった彼女に声をかけたのは、ただそれだけの興味からだった
彼女は自分の小指に目を落とし、そして僕の目を見て、少しだけ微笑んで言った
 
「運命の赤い糸って知ってる?
   貴方の小指に繋がっていなかったの」
 
ああ、もう二度と、小指の話なんてしないでおこう
逃れようもない恋慕の情に、僕はそう誓ったのだった

街の話

自分が自分では無かったら、なんて考えたことが、実はみんなあると思う
僕は小学生の時、女友達がやっていたFF7を見ていたときに考えていた
いや、また全然違う話かもしれないけど、数年も経てば人間なんて別人になるよな
なんて、思った
 
久々に会った彼女は、小さくて、細くて、なんだかとても「女の子」だった
昔はなんとなくいつも高圧的だと感じていたんだけれど、そんなことはなかったし
髪は綺麗に伸びて、……ううん、なんというか、めちゃくちゃ可愛くなっていた
そりゃあ、そうだ。当時はFF7、今では15だ
PHSだったのが、iPhone
もう別の世界だもんな
 
街も変わるし、人も変わる
別人になった彼女と、別人になったかもしれない僕は、別の世界で、あの頃と何も変わらないようにゲームの話なんかをしていた
 
「街も変わる」と書いたが、いや、意外とそんなこともなかった
中央通り公園、噴水、時計塔、雪景色もそのままそっくりあの頃のようだった
けれど、僕が今住んでいる東京より、はるかに寒い北海道
昔は気にもしなかったが、今となっては耐えられないほどの寒さだ
変わったのは僕だった
 
どれだけ変わっていっても、こうして帰ってくればあの頃のように話が出来る
とても幸せなことだ
なんだか帰るのが寂しくなった……いや、今はもう東京へ向かうバスの中なんだけれど
 
また帰ってきたら、またゲームの話をしたいな
だから元気でいてください
それだけの話
ただ、君のいる街の話

あの日の話

友達なんていなかった

いや、彼女を友達と呼ぶなら、一人だけいたのかもしれない

廃部を待つだけの文芸部員だった僕らは、特に何か活動をすることもなく、ただその部屋にいた
 
妙に彼女のことが気になった日があった
 
別にいつもと何も変わらない部室
彼女はいつも通り窓際の椅子に座って、本を読んでいた
落ち着いた色の膝掛け、室内なのにマフラーを巻いたままだ
寒いならストーブを入れればいいのに……なんて思いながら、スイッチを入れた
いつも通り、僕が何をしても彼女は何の反応もない、……と思ってたんだけれど、違った
彼女がこんなタイミングで本から目を離したのは初めて見たかもしれない
 
ありがとう、と聞こえた気がする
 
何だか全く想像していなかったものだから、頭が反応に困っている感じがした
ふわふわとした気分
指先がヒリヒリする
 
ううん、どういうことだろう
……いや、自分で点ければ良かったのに
何だか色々とわからない
 
彼女はもう本に目を落としていた
トーブから出た熱が少しずつ部屋に広がる
彼女の座る椅子が軋む
静かな部屋には、やたらと音が響く
ふわふわしている、ふわふわしている…
 
好きだったのかなあ、なんてたまに思うようになった
卒業してからは会ってもいないし、自分にはもう妻も子供もいる
彼女だって、もう結婚するそうだ……前にも書いたか
 
けれど、なんだったんだろう
あの日の話
今でも、ふわふわする

悲しい話

寒い

大好きだったあの子は今や東京でキャバ嬢なんてやってるらしい
裏切られた訳でもないのに、裏切られた気分だ、泣きそうだ
 
冬は毎年泣きそうだ
寒さや、匂いや、風景に、色んなものを思い出してしまう
多分別に、いつかに戻りたいとかそんなわけではない
今だっていつだって美しい思い出で、僕は何やら「より美しく見えるフィルター」越しに過去を見ている
折角冬の空気は透明なのにな
 
悲しみや寂しさが、憎しみのフリをする
手を替え品を替え、付き纏う
そんなやつ信じない方がいいよ、そんなやつの話は聞かなくていいよって
言ってやれたら良かったんだけれど
いや、余計なお世話か
あの子はあの子で楽しくやっているなら、それでいいか……なんて、思えるわけはないけれど
 
結局のところ何を言っても本人に届くことは無いし、何処かで僕のことを強く憎んでいるかもしれない
そうなるとそんな感傷は非常に勿体無い
日々は楽しくあるべきだ、でないと楽しくない
ライフ・イズ・パーティなんて、大好きなバンドがよく歌っていた
考えると、僕の口をあの人への悪口が塞ぐことはいつの間にか無くなっていた
裏切られたのかと言われたら、裏切られたと答えるし
もう許したのかと言われたら、多分、そんなことは無いのだけれど
 
ううん、どうだっけ
 
僕は多分、美化している
かの美しい日々が、本当にそこまで輝いていたか?
どうだっただろう、思い出せないな
思い出せないようなものに未だに縛られているんだな
 
悲しい話だ
 

つまらない話

「あの頃、もっと仲良くしていればよかったね」

なんて、言われた

何だか居心地が悪い

背中に触れるヒートテックの感触がずっと気持ち悪い

出された酒は何だか甘ったるくて全部飲めそうにない

やたらと赤く塗られた唇も、変に高いその声も、鼻につく匂いも、とにかく気に入らない

……委員長だった女

 

委員長というのは、眼鏡で、真面目で、ちょっとそばかすなんかあったりして、でも実は美人なんだ

そういうものだろう?

彼女もそうだった

眼鏡で、真面目で、ちょっとそばかすなんかあったりして、でも実は美人だった

別に好きとかじゃなかった

別に嫌いとかでもなかった

ただ、元気で居てほしかった……何でだっけ?

何にも覚えていない

仲が良かったわけでもない

何でだっけ? 本当に思い出せない

 

思い出せば思い出すほど、目の前にいる女性がそうだなんて思えなかった

僕はどうだろう、僕は彼女の目にどう映っている?

皆と同じように大学へ行って、皆と同じように大学を卒業して

皆と同じようには就職が出来ず、皆と同じように生きることが出来なかった

当たり前に来ると思っていた未来も当たり前に掴めず

皆が言う「普通」にも届かず

それでもまだ何となくふわふわと夢を見ている僕を

彼女はどう見ている?

わからなかった

 

彼女は絵が上手だったな

休み時間にはいつも絵を描いていた

僕はいつもそれを覗いていたんだ

気付かれていただろうか

好きだったんだよな、彼女の絵が

もっとちゃんと見てみたかったけれど、別に仲良くもない僕は結局何となく覗いているだけだった

あ、今初めて思った

「あの頃、もっと仲良くしていればよかったな」

こういう気持ちだったんだろうか。……いや、違うか

 

皆が言う「普通」になった彼女は、今も絵を描いているだろうか?

描いているならどんな絵だろうか?

当時、彼女のことを何も知らなかった僕は、今の彼女のことも、何も知らない

当たり前のことだ

普通で当たり前で、つまらない話だ

 

あの頃、もっと仲良くしていればよかったかな