飽きたから

飽きたからです

小指の話

彼女には小指が無かった。
何かやらかしたのだろうか。いや、そもそも高校生が何かやらかしたとして小指を詰めさせられることなんてあるだろうか。しかも、女の子が。怖いなあ、なんて思った。綺麗だな、とも思った。
何となくエロい気がしたんだ。

ほとんど話したこともなかった彼女に声をかけたのは、ただそれだけの興味からだった。
彼女は自分の小指に目を落とし、そして僕の目を見て、少しだけ微笑んで言った。

「運命の赤い糸って知ってる?
   貴方の小指に繋がっていなかったの」

ああ、もう二度と、小指の話なんてしないでおこう。
逃れようもない恋慕の情に、僕はそう誓ったのだった。

街の話

自分が自分では無かったら、なんて考えたことが、実はみんなあると思う。
僕は小学生の時、女友達がやっていたFF7を見ていたときに考えていた。いや、また全然違う話かもしれないけど、数年も経てば人間なんて別人になるよな、なんて、思った。

久々に会った彼女は、小さくて、細くて、なんだかとても「女の子」だった。昔はなんとなくいつも高圧的だと感じていたんだけれど、そんなことはなかったし。
髪は綺麗に伸びて、……ううん、なんというか、めちゃくちゃ可愛くなっていた。
そりゃあ、そうだ。当時はFF7、今では15だ。
PHSだったのが、iPhoneだ。もう別の世界だもんな。
街も変わるし、人も変わる。別人になった彼女と、別人になったかもしれない僕は、別の世界で、あの頃と何も変わらないようにゲームの話なんかをしていた。

「街も変わる」と書いたが、いや、意外とそんなこともなかった。
中央通り公園、噴水、時計塔、雪景色もそのままそっくりあの頃のようだった。
けれど、僕が今住んでいる東京より、はるかに寒い北海道。昔は気にもしなかったが、今となっては耐えられないほどの寒さだ。
変わったのは僕だった。

どれだけ変わっていっても、こうして帰ってくればあの頃のように話が出来るって、とても幸せなことだ。
なんだか帰るのが寂しくなった。……いや、今はもう東京へ向かうバスの中なんだけれど。

また帰ってきたら、またゲームの話をしたいな。
だから元気でいてください。
それだけの話。ただ、君のいる街の話。

あの日の話

友達なんていなかった。いや、彼女を友達と呼ぶなら、一人だけいたのかもしれない。
廃部を待つだけの文芸部員だった僕らは、特に何か活動をすることもなく、ただその部屋にいた。

妙に彼女のことが気になった日があった。

別にいつもと何も変わらない部室。彼女はいつも通り窓際の椅子に座って、本を読んでいた。
落ち着いた色の膝掛け、室内なのにマフラーを巻いたままだ。
寒いならストーブを入れればいいのに……なんて思いながら、スイッチを入れた。
いつも通り、僕が何をしても彼女は何の反応もない、……と思ってたんだけれど、違った。
彼女がこんなタイミングで本から目を離したのは初めて見たかもしれない。

ありがとう、と聞こえた気がする。

何だか全く想像していなかったものだから、頭が反応に困っている感じがした。ふわふわとした気分。指先がヒリヒリする。
ううん、どういうことだろう。
……いや、自分で点ければ良かったのに。何だか色々とわからない。

彼女はもう本に目を落としていた。ストーブから出た熱が少しずつ部屋に広がる。彼女の座る椅子が軋む。静かな部屋には、やたらと音が響く。ふわふわしている。ふわふわしている……。

好きだったのかなあ、なんてたまに思うようになった。
卒業してからは会ってもいないし、自分にはもう妻も子供もいる。
彼女だって、もう結婚するそうだ。……前にも書いたか。

けれど、なんだったんだろう。
あの日の話。今でも、ふわふわする。

悲しい話

寒い。
大好きだったあの子は今や東京でキャバ嬢なんてやってるらしい。裏切られた訳でもないのに、裏切られた気分だ。泣きそうだ。

冬は毎年泣きそうだ。
寒さや、匂いや、風景に、色んなものを思い出してしまう。
多分別に、いつかに戻りたいとかそんなわけではない。今だっていつだって美しい思い出で、僕は何やら「より美しく見えるフィルター」越しに過去を見ている。折角冬の空気は透明なのにな。

悲しみや寂しさが、憎しみのフリをする。
手を替え品を替え、付き纏う。
そんなやつ信じない方がいいよ、そんなやつの話は聞かなくていいよって、言ってやれたら良かったんだけれど。
いや、余計なお世話か。あの子はあの子で楽しくやっているなら、それでいいか。……なんて、思えるわけはないけれど。

結局のところ何を言っても本人に届くことは無いし、何処かで僕のことを強く憎んでいるかもしれない。
そうなるとそんな感傷は非常に勿体無い。日々は楽しくあるべきだ、でないと楽しくない。
ライフ・イズ・パーティなんて、大好きなバンドがよく歌っていた。
考えると、僕の口をあの人への悪口が塞ぐことはいつの間にか無くなっていた。裏切られたのかと言われたら、裏切られたと答えるし、もう許したのかと言われたら、多分、そんなことは無いのだけれど。

ううん、どうだっけ。

僕は多分、美化している。
かの美しい日々が、本当にそこまで輝いていたか?
どうだっただろう、思い出せないな。
思い出せないようなものに未だに縛られているんだな。

悲しい話だ。

つまらない話

「あの頃、もっと仲良くしていればよかったね」

なんて、言われた。

何だか居心地が悪い。背中に触れるヒートテックの感触がずっと気持ち悪い。出された酒は何だか甘ったるくて全部飲めそうにない。

やたらと赤く塗られた唇も、変に高いその声も、鼻につく匂いも、とにかく気に入らない。……委員長だった女。

 

委員長というのは、眼鏡で、真面目で、ちょっとそばかすなんかあったりして、でも実は美人なんだ。そういうものだろう?

彼女もそうだった。

眼鏡で、真面目で、ちょっとそばかすなんかあったりして、でも実は美人だった。

別に好きとかじゃなかった。別に嫌いとかでもなかった。

ただ、元気で居てほしかった。……何でだっけ? 何にも覚えていない。仲が良かったわけでもない。

何でだっけ? 本当に思い出せない。

 

思い出せば思い出すほど、目の前にいる女性がそうだなんて思えなかった。

僕はどうだろう、僕は彼女の目にどう映っている?

皆と同じように大学へ行って、皆と同じように大学を卒業して、

皆と同じようには就職が出来ず、皆と同じように生きることが出来なかった、

当たり前に来ると思っていた未来も当たり前に掴めず、

皆が言う「普通」にも届かず、

それでもまだ何となくふわふわと夢を見ている僕を、

彼女はどう見ている?

わからなかった。

 

彼女は絵が上手だったな。休み時間にはいつも絵を描いていた。僕はいつもそれを覗いていたんだ。気付かれていただろうか。好きだったんだよな、彼女の絵が。

もっとちゃんと見てみたかったけれど、別に仲良くもない僕は結局何となく覗いているだけだった。

あ、今初めて思った。「あの頃、もっと仲良くしていればよかったな」。

こういう気持ちだったんだろうか。……いや、違うか。

 

皆が言う「普通」になった彼女は、今も絵を描いているだろうか?

描いているならどんな絵だろうか?

当時、彼女のことを何も知らなかった僕は、今の彼女のことも、何も知らない。

当たり前のことだ。普通で当たり前で、つまらない話だ。

 

あの頃、もっと仲良くしていればよかったかな。

笑えない日々の話

漫画みたいだな、なんて思うと、何となく恥ずかしくなった。

屋上へ向かう階段はいつも通り埃っぽくて、何故か鍵のかからないドアはいつもより重く感じた。今日で卒業だというのに、彼は結局ここに来ることはなかった。

卒業して、大学へ行って、それで?

今日になっても結局何もわからなかった。何となく大学に行くことにして、何となく卒業する。何となく高校生活を過ごしてきた私は、何となくその日々から離れていく。

風が強くて、流されそうだ。どこへ向かうのかもわからない。

前髪は目にかからないように綺麗に揃えているのに、何も見えないみたいだ。彼はいつも目が隠れていたのに、ずっと何かを見ていたみたいだ。

 

いつも眠っていた。

授業も聞かず机に突っ伏して寝ている彼は、向こうを向いたりこっちを向いたり、何故かいつも寝苦しそうだった。いや、学校の机なんかで安らかに眠れるわけはないか。

少しの間それを繰り返すと、ようやく落ち着く体勢を見つけたのか、こっちを向いたまま深い寝息を立て初めた。

長い前髪の間から見える穏やかな寝顔を見ると、女の子みたいだな、なんて思って、頬にかかる髪を丁寧に除けてあげた。

彼の髪に触れた指は何だかふわふわとした感じがした。

 

屋上ではいつもスカートの扱いに困る。風に揺られ、ひらひらとして、うっとうしい。

私は私服でスカートを持っていないので、もしかすると人生でスカートをはくのは今日で最後になるかもしれない。どうだろう、わからない。

そう思うと、揺れるスカートも今日くらいは自由にさせてやろう、なんて少し思ったかもしれない。思わなかったかもしれない。

どうせ誰も見てはいない。……見られていても、それはそれでいいか。

 

屋上から見える私達の街。

彼が見た最後の景色。

何処かへ流されていく私は、けれど何処へ行くのかもわからないままだ。

何もわからない、笑えない日々の話。

それはそれだけの話

ラッタッタ。
正式名称はホンダ・ロードパル。
彼女はいつでもそれに跨り、僕をからかうように抜かしていった。楽しくて仕方がないというふうに、笑いながら、原付にあるまじきスピードで駆け抜けていった。
その頃は彼女の背負うやたらと大きな荷物の正体も、その重さも、知らなかった。
ただ彼女のカッコよさだけ、知っていた。

2017年2月6日、それを街中で見かけたのは何年ぶりだっただろうか。
いや、当時から彼女が乗っている以外で見たことは無かったかもしれない。だからか、今の今まで思い出しもしなかったようなことが溢れ出してしまった。
僕らの住む北海道という広大な土地で、あんな原付で何処へ行こうというのだろうか。当時から疑問だった。
「世界を見たい」だなんてにやにやと語る彼女が見ている世界は、僕には全然理解出来ていなかった気がする。

僕は定山渓温泉へ向かうバスの中で、こんなブログを書いている。
彼女は今どこにいるんだろう? 世界は見ることが出来ただろうか。

僕らの住む北海道という広大な土地で、もう二度と出会うことがないだろう女の子のことを、出来たばかりの家族の隣で思い出している。
思い出したことはまだまだあるけれど、もうすぐ目的地に着くのでここまでにしておく。
初めての家族旅行を楽しむために、ここに少しだけ吐き出しておきたかったのだ。
それだけ。

またいつか書く気が起きたら、続きを書くかもしれない。
起きなかったら、それはそれだけの話。