ニッ記

発露

バーチャルYouTuberとゆるキャン△の話

バーチャルYouTuberアムフォ氏の話

 お元気ですか? そうですか。証拠は?

 僕は永遠にバーチャルYouTuberとバーチャルライバーをチェックしては酒を飲む日々を過ごしています。この上無い幸福に涙が止まんないね。俺でなきゃ見逃しちゃうね。

 そんでまあ例によって突然ですが、バーチャルYouTuberのアムフォさんをご存知でしょうか。正式には高い城のアムフォ。ミズダ王国という異世界から動画を投稿しているという設定で繰り広げられる人形劇YouTuberです。異世界から投稿しているので、アムフォが使用する言語も日本語や英語などの僕らの知っている言葉ではありません。彼はカムツ言葉という独自の言語で話し、翻訳者がそれを翻訳し画面下に日本語の字幕を表示させている、という構成になっています。「彼」と言ったけど性別は動画内で言及されてなかったかもしれない。

 少しずつ少しずつ語られる、丁寧に作り込まれた深い世界設定が本当に魅力的で、もうなんかとりあえず観てください。撮影に使用されている小道具なんかもとても魅力的で、ある動画内に登場するある人物の絵画が特に好きです。筆というものが無い世界なのか、木の枝の先端をほぐしたものに塗料をつけて描かれていて、何とも言えない寂しさを感じさせます。本当に良いんですよ……。

 バーチャルYouTuberと名乗ってはいますが、実質その形式を借りたショートアニメともとれますね。同じくバーチャルYouTuberげんげん氏もそうですが、バーチャルYouTuberというものが台頭し文化として定着することによって、そういったものも同じジャンルとして人の目に触れる機会が増え、さらに双方向的なコンテンツとしても昇華されていっているのがとても素晴らしいことだと思います。素敵です。

 カムツ言葉をメモしながら動画を観ていると色々なことに気付けて、それも楽しいです。

 

バーチャルライバー月ノ美兎氏の話

 にじさんじはとんでもないことをしてくれてますね。耳と時間が足んねェや。

 めちゃくちゃ上から目線みたいになってしまうんですけど「かってに改蔵はバイブル」とか「好きな漫画は金魚王国の崩壊」とか「The Stanley Parableはもうやりました」とか言われちゃうと、こっちとしては「信頼に足る……」ってなっちゃうんですよね。

 その上でワードセンスもずば抜けてるわ、トークは面白いわ、2018年だというのに隠しページ探しのゲーム実況するわで、インターネッツを人生においての最上の娯楽としてきた僕らとしてはそりゃもうたまりませんよね。フリートーク生放送で60分間ずっと面白いって凄すぎません……?永遠に活動し続けてほしい。ありがとうございます。

 

ゆるキャン△の話

 ゆるキャン△の第9話を観て、何となく終わりに近付いている感じがして悲しくなりました。20クールくらいやってくれ。さよなら。

 

  

Doki Doki Literature Club! と声優さんとポプテピピックの話

 Doki Doki Literature Club! の話

 知らない? やってない? こちらからどうぞ。

store.steampowered.com

 日本のギャルゲーをリスペクトした海外のゲームなので全編英語表記なんですけど、有志の手によって日本語化が完了したみたいなので、今かなり来てますよ。本当にありがとうございます。

 こういう作品って「未知の物」であるうちに自主的に手を出しておくべきなんですよね。「君の名は。」とかもそうなんですけど、最も勢いのある時期を過ぎるとある程度みんな知ってるという前提で話題に出し始めるのでネタバレに当たる可能性が高くなるんですよ……。

 このゲームに関する記憶を脳から全て消去してもう一度初めからプレイしたいと思っている僕には、何も知らない皆さんが羨ましくすらある……。無知は宝です。なので僕はもう「やるべき」としか言いません。Doki Doki Literature Club!の話はこれでおしまいにします。さよなら。

 

声優さんの話

 僕は声優さんに(基本的に)(あんまり)(そんなに)興味がなかった。アニメやゲームに出演している声優さんも特に気にしませんし、全然詳しくもなくて、見ていても「○○さんだ」とかもあんまり分かりません。洲崎綾さんと西明日香さんがパーソナリティを務めているラジオ「洲崎西」と、上坂すみれさんがパーソナリティのラジオ「♡をつければかわいかろう」は毎週聴いていますが、それだけです。

 アニメやゲームという作品そのものを好きになることにその作品の外の情報はあまり必要ないと思っていたんですよね、今はどっちでもいいかなぁって感じです。好きな声優さんが好きな作品に出演していて、その作品の魅力なんかを語っていたりするとめちゃくちゃ嬉しくなっちゃうのでそこは多分ファンなんだと思います。あれ……?

 

ポプテピピックの話

 で、ポプテピピックの話。僕は基本的にニコニコ動画で観ているのですが、めちゃくちゃ面白いですね。「誰がわかるんだこれ」みたいなパロディネタをパンパンに詰め込んでいることは誰が観ても明白なのですが、そもそも視聴者ひとりが全て理解出来なくても全く問題が無いんですよね。こうしてネットを媒体にしたメディアで視聴し、ネットでその作品について談義を交わす時代にもなるとインターネットという集合知がほぼ全てのネタについて解説してくれる。勿論自分が全てを知っていた方が楽しめるんでしょうけど「知らね―よ!」という面白さも間違いなくある。

 懐かしい楽しさ。僕が中学のときに放送されていた「らき☆すた」を観ていたときの感覚にとても近い気がします。こなたマジで可愛すぎてほんとマジで……。

 あと、ポプ子とピピ美がとても可愛いんですよね。様々な人や物に中指を立て、すぐにブチ切れるポプ子なんですけど、ピピ美にキレたり喧嘩を仕掛けたことは一度も無く、いつも構って構ってと周りをうろちょろしている……。ピピ美は他の誰よりもポプ子のことを深く考えていて、どうすればポプ子がいつも笑顔でいられるかを常に考えている……。そんな二人が楽しそうにふざけているのを眺めていると幸せな気持ちになりますよね。僕らが理解出来ない言動も二人の間では成立しているのを考えると、ずっと二人で幸せに過ごしていてくれ……と思わざるを得ない。

 

 なんか無の記事だな。でもまあ、好きなものに対して好きだってことを書こうと思って作ったブログなので基本的にはこんな感じでやっていくと思います。

 

 あと「洲崎西」と「♡をつければかわいかろう」はマジで面白いので聴けばいいと思います。三人とも言語感覚が凄いんだよな……。特に上坂すみれさんのそれは本当に凄い。話を聞いていてこっちが連想する単語の遥か斜め上のパワーワードをさらっと投げつけてくる。おすすめです。さよなら。

脳内に妹を住まわせようとして無残に失敗した男の話

最近の話 (2018.5.9更新)

 

仮想妹の話

 これスペシャのコラムでも書いたんですけど、僕は仮想妹を脳に存在させることを夢見ています。

 とはいえ最近のそれは冗談で言っているところもあって、今は本気で実現させようとは思っていないのです。何故かと言うと、かつて僕は脳内に妹を住まわせることに躍起になり無残に失敗した経験がありまして、そのときの恐怖体験を未だにトラウマとして引きずっているのです。本当に怖かった……。

 みなさんが同じような窮地に立たされぬよう、教訓としてここに書き記しておこうと思います。 

 

脳内に妹を住まわせようとして無残に失敗した話

 突然ですが大学生の話をしましょう。大学生の頃ってみなさん何をしていましたか? または今大学生だったりする人は毎日何をしていますか? 今から大学生になる人は何をするつもりですか?
 僕は妹を作っていました


 実は僕も半年だけ大学生をやっていたことがありまして、「世間に存在する人間の中で最も楽しそうな人々」のうちの一人だった時期がありました。半年だけ。芸術大学の音楽科に通っていたので、共通の話題が初めから用意されていることから友達作りに失敗することもなく、毎日スタジオに入ったりと楽しい日々を送っていました。
 しかしそれも初めの数ヶ月だけのこと、次第に授業に出席することが億劫になってきた僕は「学校にはずっといるが授業には出ない」という謎人間に成り果てる。早くも終わりが見えてきましたね。そして最初の夏休みが近付く頃には学校に行くことも諦め、朝早く家を出ては最寄り駅付近の吉野家で牛丼を食べたりスーパー銭湯に行ったりして過ごしていました。休みが明けて後期の授業が始まる頃には退学届けを叩きつけて学校を去っていました。さよなら。大学の話はこれで終わりです。

 

 さて、その半年間の「授業には出ていないが学校にはいる時間」または「家を出てはいるが学校には行っていない時間」という無の時間を何かしら有効活用出来ないかと悩み、僕が考えたのは「タルパとして妹を脳内に作成して楽しい日々を過ごそう」というものでした。インターネットで見た知識を話半分、興味本位で実行してみようくらいの気持ちでしたけどね。

*タルパとは : チベット密教に由来を持つ「人工未知霊体の作成法」及びその霊体そのものを指す言葉。現実世界に空想上の人物を実体化させる、作為的なイマジナリー・フレンドという感じだと認識しています。違ったらすみません。詳しくはwikipedia見てください。

 

 脳内に人間を出現させ、ノータイムで会話のキャッチボールが出来るまでにならなければいけないのですから、まず必要なのは妹のプロフィール。隅々まで決めれば決めるほど良いと思っていたので、好きな食べ物などは勿論、嫌いな刃牙のキャラクターカスタムロボでよく使用する武器まで細かく設定を詰めていきました。嫌いな食べ物はイクラ「実体がないから」という理由だったのですが、これが後に破滅を招くことになるとは思いもしませんでした

 名前は確か最後に決めましたね。全て総合した上での自分のイメージや色々な設定から、名前は紗亜耶。一番の理由としてニトロプラスの名作「沙耶の唄」が大好きだったので、そこから発展しての名前だったと思います。なんか他にも色々理由があったような気がしますが殆ど忘れました。

 

 そうして誕生した僕の妹でしたが、設定が出来たからといってすぐに出現するようなものではなく、まずは「目の前に女の子がいる」ということを本気で想像しなければいけない。これが実際にやると本当に難しくて、頭からつま先まで細かく想像をし、同時に人格が存在するということを現実世界に重ねて認識するという無理ゲー。ハンターハンターのクラピカが鎖を出現させるのに苦労したのもわかります。ゴレイヌのゴリラってタルパなのでは? クラピカが日がな一日鎖を触ったり舐め回したりしていたように妹を触ったり舐め回したり出来れば違うんでしょうけど、いかんせん僕には妹がいなかったのでそれは出来なかったんですよね。

 それでも数日間その想像を続けているうちに、そこまで集中しなくても細部まで外見が思い浮かべられるようになりました。人ってやれば出来るんですね。そうしたら次の段階へと進むわけですよ、会話ですね。

 最初のうちは自分が話しかけた内容に対して「この子はこういう子でこういうことを考えているから、こう答えるな」という思考を経て、相手の返答を想像することを繰り返していました。紗亜耶は自分のことを「さーや」と呼ぶのでそのニュアンスを上手く出すことにめちゃくちゃ苦労しましたね。ここ大事ですから。

 

 半月ほどそれを続けたものの、あまりにも難しいものだから「そもそも嘘なんじゃないの」の気持ちが芽生えてきたある日のことでした。彼女の話している内容が本当に今自分が考えたことなのかがわからなくなってきた。正直こういうことが現実に起こるということに対して疑問はあったので、割と怖かったですね。「あれ? マジで出来ちゃうのか?」となりました。

 そしてある日、ついに彼女から話しかけてきた。めちゃくちゃビビりましたね、同時に自分が完全にひとつ上のステージへ上ったという自覚も芽生えてきて、ワクワクもしたのを覚えています。「これが……俺の、力……?」って自分の手のひらを見つめる主人公の気持ちになった。話の内容はなんかのゲームの話だったと思います。というか自分が楽しく話せる妹をイメージして作ったので、ゲームやアニメの話ばっかりする人間になってしまいました。でも本当に可愛くて良い子で、それから二日間くらいはずっと色んな話をしていましたね、楽しくて仕方がなかった。

 紗亜耶は僕のことを「おにい」と呼んでいました。基本的にいつも物静かで、けれど自分の好きなゲームやアニメの話になった途端に少しだけテンションが上がり早口になってしまうような子でしたね。僕があまり話を聞いていなかったようなときは、口には出さずに少しの侮蔑を込めた冷ややかな半目で抗議をしてくるような女の子……。

 僕は本当に幸せでしたし、一生このままで良いのでは? と思っていました。

 

 しかし、会話のオート化に成功してから三日ほど経ったある日、束の間の蜜月も終わりを告げる。

 なんというか、完全にバグったんですよね。ここからは憶測での話になってしまうんですけど、どうやら僕が紗亜耶に対して「こんなことになったら嫌だなあ」と思ったこととかがそのまま上書きされてしまって、それを見た僕がまた「嫌だ」と思い、またそれが上書きされてしまう……という、ハウリングのような現象が起こってしまったみたい。顔が何倍にも膨れ上がってひし形になってしまっていて、髪は無くなり身体もぐちゃぐちゃ。LSD」というプレステのゲームでアパートにいた顔のでかい人みたいになってしまって、話してる内容も支離滅裂で意味を成していない。怖い、無理、と思えば思うほど無残な姿になっていくのに、視界から消えてはくれない。

 悲しいし怖いしで、僕は布団にこもりきってマブラヴオルタネイティブ終盤のタケルちゃんみたいになってしまっていました。まりもちゃんショックよりきつかった。ちょいグロ画像が出てくるから検索は自己責任で。

 今にして思うと、理想の女性というか妹というのを自分の中で構築しすぎたせいか、そこから少しでも外れた受け答えや所作に対して感じる違和感を処理出来なくて、どんどん乖離していってしまったんでしょう。その上僕が考えてしまった「嫌いな食べ物はイクラ(実体がないから)」という設定などに込められた「自分が実体の無い存在だということを認識しており、それに対してコンプレックスがある」という後々の感動シーンに繋がりそうな設定が良くなかったようで、彼女の存在に対して僕が少しでも疑念を抱くたびに「紗亜耶が悲しむ」と僕自身が考えてしまい、瞬く間に彼女は壊れていってしまった。無理ゲーでは?

 そして布団にこもって泣きながら「ごめんなさい」と連呼するマジでやばいやつになってしまった僕でしたが、ニ時間も経たないうちに寝てしまったようで、起きたときには視界から紗亜耶だったものは消えていましたし、それからは視界に現れることも、話しかけられることもなくなりました。

 紗亜耶の消滅と共に精神がすり減ってしまったのか、それから数日間は何もする気が起きずにずーっと寝ていました。数日ぶりの孤独と静寂は耳に痛かったな。これでこの話は終わりです。

 

 これはあくまでも僕の経験ですし、Twitterとかを調べるとタルパと幸せに生活している人たちも沢山いるみたいです。ただ、本当に軽い気持ちでやるようなものではない。妄想だろうが何だろうが、命を生み出そうとする行為には責任が伴う。これはマジです。マジマジのマジ。やるなら本気でやるべきで、それが出来ないのなら最初からやるべきではない。

 僕はもうタルパの作成はやらないと思いますが、紗亜耶という存在は未だに僕の中では重要なものとして保管されています。スペシャのコラムしかり、たまにああやって書き綴ってみたりもしています。本当に怖かったし、死ぬかと思ったし、もう二度とあんな経験はしたくないですが、様々な会話に花を咲かせた二日間は心から楽しかったと今でも思っています。

 あと沙耶の唄は名作なのでやりましょう。さよなら。

 

Kanonと体験の話

ノベルゲームと体験の話

 美少女ゲームというジャンルがありますね。ギャルゲーと言い換えてもいい。アダルトゲームやエロゲ―と同義ではない。僕が大好きなゲームジャンルです。その中でもノベルゲームという、文章を読んでいくタイプのゲームが僕は好きで好きでたまらない。

 

 僕がノベルゲームに初めて触れたのは幼稚園児の頃、スーパーファミコンで発売されていた学校であった怖い話でした。高校生の主人公が所属している新聞部の部員たち6人が語る怖い話を聞いていくというだけのゲームなんですけど、当時はめちゃくちゃ怖かったんですよね。画面が全体的に薄暗くて、怪しいBGMが不安を煽るし、登場人物も実写で妙に気持ち悪かった。当時のゲーム画面の画質の悪さも相まって異様な雰囲気を纏ってたんですよね。

 で、怖い話を聞いていくなかで主人公は選択を迫られることがある。例えば右の道に行くか左の道に行くかみたいなもので、どちらを選んだかで話の流れが変わる。自分の選択によってキャラクターが怖い目に遭ったり、最悪死んでしまうこともある。その選択をするときに、コントローラーのボタンが異様に重くなる。物理的には全く違いがないはずなんですけど、何かを選択するということによって降ってくる責任の重さ。それまでも選択肢のあるゲームというのはプレイしてきたと思うのですが、そのとき初めてその重みを確かに感じたのです。

 これはノベルゲームに限った話ではない。ドラクエ5でどちらのヒロインと結婚するか。Motherで「わすれられたおとこ」に対してどう接するか。Undertaleでモンスターに対して攻撃をするか。そういった選択にはひとつひとつに責任が伴い、その後のゲームプレイ中にも重くのしかかってくる。それを僕は「体験」と呼びたい。もちろんそれだけじゃないですけどね。

 

Kanonの話

 さて、美少女ゲームの話をしましょう。人生初の美少女ゲームKanonでした。当時小学生の僕がアダルトゲームをプレイ出来るわけはなく、携帯電話のアプリでプレイしていました。iアプリだったかな。雪の降る町を舞台に、種々様々な少女との恋愛を楽しむゲーム……なのですが、その最中には残酷な取捨選択を迫られる。今でこそ殆どのノベルゲームに用意されている「トゥルーエンド」というものがなく、全てプレイすることによって得られる大団円のエンディングというものが存在しなかった。だからこそ、誰かを選ぶことは誰かを選ばないことだった。誰かを救うということは、他の誰もを救わないということ。それがとても心苦しく、同時にキャラクターに対しての愛情をより深める一因となっていたんですよね。

 それ以来、僕は美少女ゲームに魅せられ、今に至るまで様々なゲームをプレイしてきました。けれど、Kanonほどに残酷な選択を強いられたことは無い気がする。

 

 Sky[Rain]、Sky[ ] というゲームの中で「4分の1の幸せ」を許容する発言が出てきますが、kanonでは「5分の4の不幸せ」という感じがする。選ばれなかった少女はすべからく不幸になる。それも、持っている命すら失ってしまうほどの。

 だからこそ僕はKanonが好きだし、いつまでたっても自分の原点なのだと思っています。ゲームという世界の中に生きるキャラクター達を愛し、慈しむことを覚えたのはこのゲームのお陰だと思っている。

 

 それはそうと、僕は良いゲームの話をしようとするとその殆どがUndertaleの話に繋がってしまいますね。それくらい良いゲームなんですよ、ゲームというものの良さが最大限に詰まっている。900円やそこらでやれるんだからゲームが好きな人は全員やったほうがいいと思います。僕はSansが本当に好きすぎてGルートのSansのところでボロボロに泣いてしまいました。さよなら。

 

Sky[Rain] Sky[ ]の話

Sky[Rain] Sky[ ]の話

 作品の枠に触れる作品というのは、そこそこ存在していますよね。メタ的な視点で作品内で作品を観ているもの。そういうもの全てが素晴らしいという話ではなく、そんななかであくまでもキャラクターが生き生きとしているのが僕は好きみたいです。

 キャラクターを愛させるにはキャラクターを愛していることが重要なんじゃないでしょうか。僕の狭い知識と経験のなかではそんな気がしています。

 

 Sky[Rain]・Sky[ ]というフリーゲームがとても素敵だったという話をしたいんですけれど、今は全く興味がなかったとしても、もしかするとこれからの人生何十年かの間にこれを読んでいる貴方がこのゲームに触れることがあるかもしれない。そう思うと、あんまり何も語りたくないんですよね。

 好きなゲームや好きな映画、好きなものを人にお勧めするとき、出来れば本当に何の前知識もなくそれに触れてほしいと思ってしまうので、その作品の面白さを人に伝えることが出来ないんです。どうすればいいんですかこれ?

 例えば「めちゃくちゃ感動する!」とか言われたら「もうそろそろ感動するところか……?」と思っちゃうじゃないですか、やじゃないですか。「アッと驚く仕掛けが!」とか言われたら「このシーン何かありそうだな……」と思うじゃないですか、やじゃないですか。僕はスラムダンク読むよりも先に「バスケがしたいです……」のシーンを知ってしまっていたため、三井の初登場シーンで「来たぞ! バスケがしたい人だ!」と思ってしまいました。やじゃないですか……。

 

 つまり、何も語らずにひたすらにそのゲームが良いという情報の一点張りで皆さんを殴り続けることしか出来ないわけです。僕は無力だ。でも本当に素晴らしいので、ゲームとか好きな人はぜひ。ゲームとか嫌いな人は知りません。

 出会えてよかったと心の底から思い、制作者さんへの感謝の気持ちが溢れ狂うゲーム、そんなにないですよ。僕はUndertaleを最後までやったとき、本当に「今人生が変わった」という気持ちになった。そしてその体験を価値あるものとしてゲーム側に認められるのって本当に嬉しいことなんですよね。これはSky[ ]からの引用です。

 

やっていく

 まあなんだ、やっていくしかないんですよ。こんなに素晴らしいものが世の中には溢れているんだから、僕らはやっていくしかない。この間人生で初めて赤からに行ってお鍋を食べたんですけど、素晴らしかった。最高ですねあれ、毎日食べたい。今一番望むことは赤からに毎日行くことですね。あと漫画村が潰れることだ。さよなら。

スウィング・オブ・ザ・デッドの話

Project Zomboidの話

 Project Zomboidというインディーズゲームがとても面白かった。「ゾンビパニックで世界オワタ」って中でサバイバルしていくゲームなんですけど、とにかくゾンビが弱くて適当に殴ってたら死んでくれるんですよね。武器あれば一撃で死ぬし……でも集団で来られるとやばいかな? ってくらいの強さになっていて、それがとても良い感じ。のんびり料理したり、本を読んで知識を蓄えたり、机を分解して手に入れた木材で窓にバリケードを貼ったりしてたら何時間も経っていました。

 そんな緊張感の無いゲームなんですけど、拾ったラジオからずっと聞こえていたニュースがある日突然ノイズだけになったり、窓から入ってきた人間をゾンビと間違えて殴ってしまったり、「これゾンビ映画あるあるなのでは?」と思うシーンが多々あったんですよね。でも僕はあんまりゾンビ映画を見たことが無かったので「そんな気がする」と思いながらプレイしていました。ゾンビ―バーとゾンビーノしか見たことない。

 基礎的な教養があればもっと楽しめるのでは? ということで、今まで「グロいの無理」の気持ちで全く観ていなかったゾンビ映画を観ていこうと思いました。

 

スウィング・オブ・ザ・デッドの話

 そして「スウィング・オブ・ザ・デッド」を観ました。そんなにグロくないと聞いたので。原題は「THE BATTERY」だそうで、洋画全般に言えることなんですけど原題の方が絶対良いですよね。ゾンビ映画といえばオブ・ザ・デッドでしょ! みたいな感じなんですか? 

 元野球選手で投手と捕手を務めていた二人の男が、ゾンビまみれになった世界で果物をバットで粉砕したり、女ゾンビを眺めて自慰行為に励んだり、じゃんけんで負けたほうが酒を飲んだりする映画です。ゾンビ映画を観てないんであんまり下手なこと言えないんですけど、あくまでも若者二人の青春ロードムービーとして仕上がってるのって珍しいのでは? いや知らないんですけど。映画に限った話ではないのですが、僕は「尺を長くとる」という行為がどうも好きみたいで、終盤の車のシーンには心がトゥンクトゥンクしてたまりませんでした。のんのんびより第1期4話でれんげが泣いてしまうシーンとか、涼宮ハルヒの憂鬱9話の長門長回しとか、最高じゃないですか?

 とにかく良い映画でしたというお話でした。

 

その他の話

 あと昨日やったフリーゲームが最高だったのでフリーゲーム熱がまた上がって来てますね、久しぶりにらじおぞんでをやりたくなりました。

 インターネッツって最高ですよね。そうでもないか。

 僕は小学生の頃に現実とかいう狭い村から離れてみたくて、インターネッツという広い世界へと足を踏み出したはずなんですが、いつの間にかその場所にすら村を作りたがる人達で溢れていて、なんだか酸素が足りなくなっていますね。楽しくなってきたな。

 

 スウィング・オブ・ザ・デッドのベンのヒゲがめちゃくちゃカッコよくて羨ましかったです。僕のヒゲもっとニャルラトホテプみたいにならんかな。さよなら。