飽きたから

なかったことを日記に書いています

海と頭の話

砂浜で頭を拾った
長い髪は潮で焼けてしまっているが、きっと綺麗な黒髪だったのだろう
そして人の頭とはなかなかに重いものなのだな

海に来たのには特に理由はなかった
別に何を忘れたわけでもなく、
別に何を失くしたわけでもない
ただ疲れただけで、
ただ呆れただけだった
そういうとき、僕はいつも海にいた

住んでいた家から歩いて数分、
幼い頃から遊び場にしてきた砂浜
僕はいつもスニーカーで歩くものだから、靴の中は砂で溢れてしまう

お盆だからと帰ってきたは良いものの
働き者の母は家には居ないし、
誰もいない実家で暇を貰うにも限界がある
夜には久し振りに母の手料理が食べられるし
それを楽しみにしつつ、海を眺めて惚けていようと思ったのだ

思ったのだが、

砂浜で頭を拾った
長い髪は潮で焼けてしまっているが、きっと綺麗な黒髪だったのだろう
そして人の頭とはなかなかに重いものなのだな

言語の話

ふと疑問に思った
疑問、というよりは、違和感か

「お湯」にあたる英語が存在しないのだ
Google先生には「hot water」だと言われた
熱い水、となる
日本人は、温度が変わることによって「水」は「お湯」という
別の物質になると区別している
英語ではそこに区別はなく、
ただ温度が高かったり低かったりするだけの同じ液体なのだ

いや、そう考えると
「お湯」という単語が無いというより、
「water」という単語が「水」も「お湯」も兼ねているということか
「brother」や「sister」と同じような感じだ

そうなると、睡眠中に見る「夢」と将来の「夢」が、
英語になってもどちらでも「dream」なのは凄く不思議だ
全く違う文化で出来た言語で、そんなところが被ることってあるだろうか

私にとって「彼」という存在が「友達」も「恋人」も兼ねているのと同じか
いや、それは違うか

セミの話


セミが鳴いているが、鳴いていないような気もする
実家にいた頃はうるさくて眠れないほどだった覚えがあるが、
夜は鳴いていなかったような気もする

どこかの国からの留学生が家に泊まりに来たとき、
セミの鳴き声を聞いて
「コンストラクション?……アー、コージ?」と不思議そうにしていた
そんなわけないだろ……と思いながら「インセクト」と私が答えると、
留学生は「オー」と納得していた

「そいつアゼルバイジャンにもイマスカ?」と聞かれたが、
留学生はアゼルバイジャンから来たわけではなかった
どこかは忘れたけど、アゼルバイジャンではなかった
「メイビー、いない」と答えると
悲しそうな顔をされた

「じゃあ原宿?」と聞かれたが、
留学生は原宿から来たわけではなかったし、
原宿にセミがいるかどうかはちょっとわからなかった

大人の話


銀行で働くようになってから、疑問に思うようになったことがある
あるが、何となくここには書かないでおく

それとは別の話だが、
大人になれば、もっと大人になれると思っていたな
父や母が当然のように成していたことを
僕も大人になれば当然のように成せると思っていた

結婚して、子供が出来て、
大きな家に住んで、大きな犬を飼うのだ
周りの友達の家だって、当然にそんな感じだったものだから
僕も大きくなれば自然とそうなるのだと思っていた

大きな家に住んで、大きな犬を飼うなんて
どれだけの努力と正気があれば可能だったんだろう
もうよくわからないな

寝てたらポーンと出てこないかな、
大きな家と大きな犬
あと嫁と子供と、幸せな家族の風景
寝てたらポーンと出てこないかな

発熱の話


どうにも調子が良くないな、と思っていると
やはりというかなんというか、熱が出た
どうやら特に原因はなく、
ただ単に風邪をひいてしまったようだ

久しぶりに病床に臥せって、窓から外を眺めていた
すると、そういえばと気が付いた
風景を覆い隠すように生えているこの木は、
幼い頃植えたハナミズキの木ではなかったか

どうにも気になった私は、
もう長い間連絡も取っていなかった姉に電話をした
特に仲違いをしたわけではなかったので、思いの外話が弾んでしまい
長電話になってしまった
姉妹というのは、どれだけ経っても姉妹なのだと実感したな

そして、庭の木は私が植えた木とは全く関係がなかった
姉の話によると、私が植えたハナミズキはすぐに枯れてしまったそうだ
私に似て病弱だったのだろうか
そしてそのことすら覚えていない私の、なんと薄情な事か

ふうむ、大きくなったもんだ……と感慨に耽りたかったものだが
それも叶わず、
長電話のせいか体調はさらに悪化してしまった

おとなしく寝るか、と布団を被ったが
なんとなく昔植えたハナミズキが可哀想になってしまって
そのまま眠ることが出来なかった

墓でも作ってやるか
いや、植物の墓など作ろうものなら、そこからまた木が生えてしまうか

などと、よくわからないことを考えていると、
いつの間にか眠ってしまっていて
小さな木がずっと手を振ってくれる夢を見た

起きてすぐ「なんて優しい子だろう、私は」と思った

未来と日々の話


彼は赤ペンを使わなかった

隣の席になって一ヶ月、
私は何となく、あまり仲良くなれないままなのだけれど
それでも分かるくらいには、彼は変な人だと思う

前髪が長くて、目は隠れていて
何を考えてるのか全くわからなくて、
授業中にはいつも寝ているか、赤鉛筆をカッターナイフで削っているかだ

それとは全く関係のない話、
進路指導室に呼ばれることが多くなってきた
担任は白紙の進路希望調査用紙をひらひらと踊らせながら、
呆れたように私に未来設計の大切さを説いた
私はといえば、
"用紙をひらひらとさせるのは、
私のスカートへのメタファーと考えられるのでセクハラだ"
と訴えるとどうなるのだろう、なんてことを考えていた

夏が終われば、何か変わるだろうか
ここじゃないどこかに運ばれていく私たちは、
けれどどこへ行くのかなんて分からなかった

自分の未来を堅実に組み立てられるほど大人ではないし、
自分の未来が無限だと思えるほど子供でもなかった

教室に戻ると、隣の彼はいつも通り眠っていた
彼はどうするんだろう
長い前髪で未来なんて見えてなさそうだけれど

そんなことを考えながら、彼の寝姿を見ていると
視界に散らつく自分の前髪に気付いて
そろそろ切らなきゃな、なんてことを思ったのだった

甘い匂いの話


僕が恋心を抱いているクラスメイトからは、いつも甘い匂いが漂っていて
僕は気持ちの悪いことに、それが残る道を追いかけている
そのうちにいつの間にか外は夕暮れ時
図書室で眠ってしまっていたようだ

全校生徒の下校時間を告げる「新世界より」が流れている
急いで飛び起き、隣に置いていた鞄を引っ掴んで立ち上がる
……と、すぐ間近から、あの匂いを感じた
周りには誰もいないけれど、間違えるはずがない
あの子の匂いだった

普段感じているよりも数倍の強さで、
しかも思い掛けない状況で来てしまったものだから
僕の脳は痺れたようになってしまった
目がちかちかとして、足はふらつく
どうしよう、どういうことだろう
確かにあの子はここにいたのだろう、でも、何で?

僕はおぼつかない足取りで何とか家に帰ると、鞄を床に放り出し、
そのままベッドに倒れ込んだ
何で、どうして、が消えなかった
目を瞑りぐるぐると思考を繰り返しているうちに、
異変に気付いた

あの子の匂いがする
確かにすぐ近くから、僕の脳をくすぐるあの匂いがする
どこからだろう?
犬のように鼻を鳴らしながら探ってみると、
それは僕の鞄から漂っていることがわかった

理解の出来ない状況に震える指で何とか鞄をひっくり返すと、
憶えのない、長方形の小包と、
小さなメモが入っていた

小包を開くと、あの子の匂いがさらに広がった
可愛らしいフルーツの柄が書かれたそれは、石鹸だろうか
あの子の匂いのする石鹸
そしてメモには意外と大人っぽい綺麗な字で、
「誕生日おめでと」と、だけ

僕は嬉しくなってしまって、
あの子の夢を見ることを願い、その石鹸を枕元に置いて寝ることにしたが
あまりの強い匂いに鼻がおかしくなってしまったし
フルーツに押し潰される怖い夢を見たので
少し後悔している

僕が恋心を抱いているクラスメイトからは、いつも甘い匂いが漂っていて
けれど僕は鼻がおかしくて、あまりよくわからなくなった