ニッ記

なかったことを日記に書いています

それはそれだけの話

 

 

ラッタッタ

正式名称はホンダ・ロードパル
彼女はいつでもそれに跨り、
僕をからかうように抜かしていった
楽しくて仕方がないというふうに、笑いながら、
原付にあるまじきスピードで駆け抜けていった
その頃は彼女の背負うやたらと大きな荷物の正体も、
その重さも、知らなかった
ただ彼女のカッコよさだけ、知っていた
 
2017年2月6日、
それを街中で見かけたのは何年ぶりだっただろうか
いや、当時から彼女が乗っている以外では
見たことが無かったかもしれない
だからか、今の今まで思い出しもしなかったようなことが
溢れ出してしまった
僕らの住む北海道という広大な土地で、
あんな原付で何処へ行こうというのだろうか
当時から疑問だった
「世界を見たい」だなんて
にやにやと語る彼女が見ている世界は
僕には全然理解出来ていなかった気がする
 
僕は定山渓温泉へ向かうバスの中で、
こんなブログを書いている
彼女は今どこにいるんだろう?
世界は見ることが出来ただろうか
 
僕らの住む北海道という広大な土地で、
もう二度と出会うことがないだろう女の子のことを
出来たばかりの家族の隣で思い出している
思い出したことはまだまだあるけれど、
もうすぐ目的地に着くのでここまでにしておく
初めての家族旅行を楽しむために、
ここに少しだけ吐き出しておきたかったのだ
それだけ
 
またいつか書く気が起きたら、続きを書くかもしれない
起きなかったら、それはそれだけの話
 
 

あの部屋の話

 

 

文芸部員は僕と彼女だけだった

来年には無くなるその部室に、特に話すこともなく、
ただ静かに座っていた
 
結婚の便りが届いたのは昨日の話
別に好きだったわけでもないし、
特別に仲が良かったわけですらない
なのに、茶髪になって、眼鏡も外して
夫になるのであろう男性と共に笑っている彼女の写真を見ると
何となく裏切られたような気持ちになった
 
高校というのは不思議なもので、
小学校や中学校ほど
その狭い世界を「全て」とは認識しておらず
けれどそこから逃げるというような発想までは至らない
ふわふわとした逃避願望がずっと住んでいた
何とも言えないくらいの仲の友達と笑うのに疲れたり、
嫌われたくないと思うこと自体が辛くなったり
家に帰ることすら面倒だったりしたとき、
僕はその部屋に居たのだ
 
彼女はひとつ歳上で、来年には卒業する
この部活自体も、部員が少なすぎるので無くなるそうだ
寂しいと言われれば何となく寂しいような気もするが、
特に何も思わないような気もする
僕は彼女の何も知らなかったし、
彼女も僕の何も知らなかった
逃げた場所に、ただ、居た
よく知らないが彼女もそうだったんだろう
 
あの日々は、辛かっただろうか?
辛かったから逃げ出した
じゃあ、逃げ出した先は?
届いた写真に写る彼女は幸せそうだ
幸せでは無かっただろうな、多分
彼女にとっては忘れたい黒歴史だろうか?
……そうでなければいいな
 
別人のように笑っている……幸せそうだ
心から良かったと思う
 
あの頃の絶望は溶けた
僕は髪を短くして、毎朝会社に通っている
彼女は茶髪になって、幸せそうに笑っている
僕らは普通の人になった
 
あの頃のどんな瞬間にだって意味はあったのだろう
物語然とした人生には出会えなかったけれど、
僕らは確かに青春という物語を共作していたんだ
 
放課後の部活、吹奏楽の音
名前もまだ知らない先輩
眼鏡
本棚
石油ストーブの匂い
半分まで閉められたカーテン
茶色の膝掛け
居心地の良い、あの部屋の話
 
 

時間が経てば忘れる話

 

 

毎日つつがなく積み重ねた記憶が

今現在の人格を形成しているとして

 
夏が来て、冬の寒さを忘れてしまった俺らは
冬が待ち遠しいなんて呟いて
冬が来て、夏の暑さを忘れてしまった俺らは
夏が待ち遠しいなんて呟くのだ
 
少し忘れっぽい性質は、
俺の人格にどこまでの影響を与えていくだろう
わからんけど、それも面白いだろうか
 
世界は記録で出来ていて、
模倣子以外の媒体が生じうる余地がある
とは、何で読んだんだったか
meme, 記録を保持してくれているのなら、
何て救われる話だろう
成し遂げられなくたって、
何も残らなくなんてない
生き続ける
おやすみ