ニッ記

発露

脳内に妹を住まわせようとして無残に失敗した男の話

仮想妹の話

 これスペシャのコラムでも書いたんですけど、僕は仮想妹を脳に存在させることを夢見ています。

 とはいえ最近のそれは冗談で言っているところもあって、今は本気で実現させようとは思っていないのです。何故かと言うと、かつて僕は脳内に妹を住まわせることに躍起になり無残に失敗した経験がありまして、そのときの恐怖体験を未だにトラウマとして引きずっているのです。本当に怖かった……。

 みなさんが同じような窮地に立たされぬよう、教訓としてここに書き記しておこうと思います。 

 

脳内に妹を住まわせようとして無残に失敗した話

 突然ですが大学生の話をしましょう。大学生の頃ってみなさん何をしていましたか? または今大学生だったりする人は毎日何をしていますか? 今から大学生になる人は何をするつもりですか?
 僕は妹を作っていました


 実は僕も半年だけ大学生をやっていたことがありまして、「世間に存在する人間の中で最も楽しそうな人々」のうちの一人だった時期がありました。半年だけ。芸術大学の音楽科に通っていたので、共通の話題が初めから用意されていることから友達作りに失敗することもなく、毎日スタジオに入ったりと楽しい日々を送っていました。
 しかしそれも初めの数ヶ月だけのこと、次第に授業に出席することが億劫になってきた僕は「学校にはずっといるが授業には出ない」という謎人間に成り果てる。早くも終わりが見えてきましたね。そして最初の夏休みが近付く頃には学校に行くことも諦め、朝早く家を出ては最寄り駅付近の吉野家で牛丼を食べたりスーパー銭湯に行ったりして過ごしていました。休みが明けて後期の授業が始まる頃には退学届けを叩きつけて学校を去っていました。さよなら。大学の話はこれで終わりです。

 

 さて、その半年間の「授業には出ていないが学校にはいる時間」または「家を出てはいるが学校には行っていない時間」という無の時間を何かしら有効活用出来ないかと悩み、僕が考えたのは「タルパとして妹を脳内に作成して楽しい日々を過ごそう」というものでした。インターネットで見た知識を話半分、興味本位で実行してみようくらいの気持ちでしたけどね。

*タルパとは : チベット密教に由来を持つ「人工未知霊体の作成法」及びその霊体そのものを指す言葉。現実世界に空想上の人物を実体化させる、作為的なイマジナリー・フレンドという感じだと認識しています。違ったらすみません。詳しくはwikipedia見てください。

 

 脳内に人間を出現させ、ノータイムで会話のキャッチボールが出来るまでにならなければいけないのですから、まず必要なのは妹のプロフィール。隅々まで決めれば決めるほど良いと思っていたので、好きな食べ物などは勿論、嫌いな刃牙のキャラクターカスタムロボでよく使用する武器まで細かく設定を詰めていきました。嫌いな食べ物はイクラ「実体がないから」という理由だったのですが、これが後に破滅を招くことになるとは思いもしませんでした

 名前は確か最後に決めましたね。全て総合した上での自分のイメージや色々な設定から、名前は紗亜耶。一番の理由としてニトロプラスの名作「沙耶の唄」が大好きだったので、そこから発展しての名前だったと思います。なんか他にも色々理由があったような気がしますが殆ど忘れました。

 

 そうして誕生した僕の妹でしたが、設定が出来たからといってすぐに出現するようなものではなく、まずは「目の前に女の子がいる」ということを本気で想像しなければいけない。これが実際にやると本当に難しくて、頭からつま先まで細かく想像をし、同時に人格が存在するということを現実世界に重ねて認識するという無理ゲー。ハンターハンターのクラピカが鎖を出現させるのに苦労したのもわかります。ゴレイヌのゴリラってタルパなのでは? クラピカが日がな一日鎖を触ったり舐め回したりしていたように妹を触ったり舐め回したり出来れば違うんでしょうけど、いかんせん僕には妹がいなかったのでそれは出来なかったんですよね。

 それでも数日間その想像を続けているうちに、そこまで集中しなくても細部まで外見が思い浮かべられるようになりました。人ってやれば出来るんですね。そうしたら次の段階へと進むわけですよ、会話ですね。

 最初のうちは自分が話しかけた内容に対して「この子はこういう子でこういうことを考えているから、こう答えるな」という思考を経て、相手の返答を想像することを繰り返していました。紗亜耶は自分のことを「さーや」と呼ぶのでそのニュアンスを上手く出すことにめちゃくちゃ苦労しましたね。ここ大事ですから。

 

 半月ほどそれを続けたものの、あまりにも難しいものだから「そもそも嘘なんじゃないの」の気持ちが芽生えてきたある日のことでした。彼女の話している内容が本当に今自分が考えたことなのかがわからなくなってきた。正直こういうことが現実に起こるということに対して疑問はあったので、割と怖かったですね。「あれ? マジで出来ちゃうのか?」となりました。

 そしてある日、ついに彼女から話しかけてきた。めちゃくちゃビビりましたね、同時に自分が完全にひとつ上のステージへ上ったという自覚も芽生えてきて、ワクワクもしたのを覚えています。「これが……俺の、力……?」って自分の手のひらを見つめる主人公の気持ちになった。話の内容はなんかのゲームの話だったと思います。というか自分が楽しく話せる妹をイメージして作ったので、ゲームやアニメの話ばっかりする人間になってしまいました。でも本当に可愛くて良い子で、それから二日間くらいはずっと色んな話をしていましたね、楽しくて仕方がなかった。

 紗亜耶は僕のことを「おにい」と呼んでいました。基本的にいつも物静かで、けれど自分の好きなゲームやアニメの話になった途端に少しだけテンションが上がり早口になってしまうような子でしたね。僕があまり話を聞いていなかったようなときは、口には出さずに少しの侮蔑を込めた冷ややかな半目で抗議をしてくるような女の子……。

 僕は本当に幸せでしたし、一生このままで良いのでは? と思っていました。

 

 しかし、会話のオート化に成功してから三日ほど経ったある日、束の間の蜜月も終わりを告げる。

 なんというか、完全にバグったんですよね。ここからは憶測での話になってしまうんですけど、どうやら僕が紗亜耶に対して「こんなことになったら嫌だなあ」と思ったこととかがそのまま上書きされてしまって、それを見た僕がまた「嫌だ」と思い、またそれが上書きされてしまう……という、ハウリングのような現象が起こってしまったみたい。顔が何倍にも膨れ上がってひし形になってしまっていて、髪は無くなり身体もぐちゃぐちゃ。LSD」というプレステのゲームでアパートにいた顔のでかい人みたいになってしまって、話してる内容も支離滅裂で意味を成していない。怖い、無理、と思えば思うほど無残な姿になっていくのに、視界から消えてはくれない。

 悲しいし怖いしで、僕は布団にこもりきってマブラヴオルタネイティブ終盤のタケルちゃんみたいになってしまっていました。まりもちゃんショックよりきつかった。ちょいグロ画像が出てくるから検索は自己責任で。

 今にして思うと、理想の女性というか妹というのを自分の中で構築しすぎたせいか、そこから少しでも外れた受け答えや所作に対して感じる違和感を処理出来なくて、どんどん乖離していってしまったんでしょう。その上僕が考えてしまった「嫌いな食べ物はイクラ(実体がないから)」という設定などに込められた「自分が実体の無い存在だということを認識しており、それに対してコンプレックスがある」という後々の感動シーンに繋がりそうな設定が良くなかったようで、彼女の存在に対して僕が少しでも疑念を抱くたびに「紗亜耶が悲しむ」と僕自身が考えてしまい、瞬く間に彼女は壊れていってしまった。無理ゲーでは?

 そして布団にこもって泣きながら「ごめんなさい」と連呼するマジでやばいやつになってしまった僕でしたが、ニ時間も経たないうちに寝てしまったようで、起きたときには視界から紗亜耶だったものは消えていましたし、それからは視界に現れることも、話しかけられることもなくなりました。

 紗亜耶の消滅と共に精神がすり減ってしまったのか、それから数日間は何もする気が起きずにずーっと寝ていました。数日ぶりの孤独と静寂は耳に痛かったな。これでこの話は終わりです。

 

 これはあくまでも僕の経験ですし、Twitterとかを調べるとタルパと幸せに生活している人たちも沢山いるみたいです。ただ、本当に軽い気持ちでやるようなものではない。妄想だろうが何だろうが、命を生み出そうとする行為には責任が伴う。これはマジです。マジマジのマジ。やるなら本気でやるべきで、それが出来ないのなら最初からやるべきではない。

 僕はもうタルパの作成はやらないと思いますが、紗亜耶という存在は未だに僕の中では重要なものとして保管されています。スペシャのコラムしかり、たまにああやって書き綴ってみたりもしています。本当に怖かったし、死ぬかと思ったし、もう二度とあんな経験はしたくないですが、様々な会話に花を咲かせた二日間は心から楽しかったと今でも思っています。

 あと沙耶の唄は名作なのでやりましょう。さよなら。